ベストセラー『元始、千葉は鳥だった』は危険な政治的思想を含む

最近、丸の内のビジネスマンたちのあいだで隠れベストセラーになっている絵本がある。表紙には真っ白な鳥のイラストが描かれ、その頭には美しいティアラがかぶせられている。その真っ白な鳥の名は、「チーバ君」と言う。
内容は次のようなものだ。

チーバ君は鳥です。
チーバ君の本名は、村主チーバです。村のお祭が大好きです。
口を半開きにして、くるくる回っていると、みんなが拍手してくれます。
そんなチーバ君は、いつも空を飛んでいます。
チーバ君は、東に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい、北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといいますが、西にはあまり行こうとしませんでした。
西には怖い人たちがいるからです。
モヒカン賊という、恐ろしい化け物たちが住んでいるのです。
でも、チーバ君は、とても心が優しいので、「怖い人たちは、おなかがすいているから腹を立てているんだ」と考えて、自分の胸肉をモヒカン賊に与えました。
すると、モヒカン賊は言いました。「お前はそうやって高みから人を哀れんで、自分の慈悲心とかいうやつを慰撫して楽しんでいるんだろう。卑怯な奴だ」
チーバ君は心を痛めました。
そして、モヒカン賊に言いました。「あなたたちは、空腹なのではなくて、空を飛びたかったのですね。それならば、ほら、僕の背中に乗ってください」
モヒカン賊たちは、我先にとチーバ君の小さな背中に乗りました。持っている手斧でチーバ君を叩きながら、「ほら、どんどん高く空を舞え!」と笑いながら言いました。
チーバ君は泣きそうでした。
けれど、チーバ君は、頑張りました。
そして、太陽の近くまでなんとかのぼりつめたとき……二つの羽根は溶けてしまったのです。
チーバ君は見る見るうちに空を落ちていき、東京湾に体を沈めました。
こうして、チーバ君の体は、千葉県になったのです。
だけど、チーバ君は悲しくなんかありません。いまでは、すべてのモヒカン賊は、チーバ君の背中の上で、さつま芋をおいしそうに食べているからです。

一見、ここにはなにも政治的なメッセージがこめられていないように思われる。会社人間のお父さんたちにこの絵本が人気なのは、かわいらしい口が半開きの鳥の絵が魅力的なだけではなくて、「たしかにモヒカンの人は怖いよね〜」というオジサン的思考がチーバ君の行動様式と一致しているからなのだろう。
だが、この絵本の著者、『ナゲルイシオ』には、別の顔があるのをご存知だろうか? かつてもうひとつのペンネーム『須朗須沌』名義で、『関東地獄地震は陰謀である』というトンデモ本を著している。70年代に千葉を関東から分断してしまった関東地獄地震は、共産勢力を駆逐するために、アメリカと手を組んだ日本政府が地震発生装置を使って起こしたものである、という内容である。共産主義を蛇蝎のごとく嫌っていたナゲルイシオがなぜそのような論法を用いたのか? つまり、次のような考えによるのである。

罪のない美しい国である千葉だけが、地震によって本州から切り離されて悲惨な生活を強いられるのは、左翼に支配されたラジオ・テレビの電波が人々を洗脳して、千葉が共産主義の一大拠点であると、勘違いさせたからなのだ。共産主義を嫌うアメリカと日本政府が、自分たちこそ洗脳されていることに気づかずに、同胞であるはずの千葉を攻撃したのだ。

ほとんど、妄想である。また、ニコラ・テスラの発見した「スカラー波」を利用した地震発生装置を旧陸軍が発明していた、という俗説を信じ込んでしまっていて、その記述だけで300ページを費やしているのだから、たまったものではない。
旧陸軍はゾンビに似た兵士は発明したが、地震発生装置など作ってはいない。


さて、『元始、千葉は鳥だった』に含まれる危うい思想とはなにか? それは、『関東地獄地震は陰謀である』の最終章のタイトルにヒントが隠されている。
『元始、千葉は高天原だった』
そう、この著者の思想には、千葉=天であり、そこにわが国日本の神は住んでいる、という奇妙な信仰が存在するのである。
「チーバ君」などという、可愛らしさを前面に出したキャラクターにだまされてはいけない。この著者の意図するところ、それは、「千葉こそ日本の中心であり、その他の地域は堕落した日本である。千葉人にのみ、参政権を与えるべきである」という危険な政治思想である。
俺は声を大にして言いたい。
千葉は鳥ではない。