「ふざけて書いたから芥川賞はいりません」とイモノヒトは言った

イモノヒトってモブノリオみたいだよね。なんでこんなペンネームなのかな。
でも、俺はイモノヒトが書いた処女長編『はてな式渇き』を読んで、感動しちゃったね。
荒涼とした読後感。このせつなさを言葉にすることはできない。ただ、『はてな式渇き』を読んでくれ、としか言いようがないのではないか。しかし、それでは感想にならない。なんとか頑張って書いてみよう。
主人公・地矢倶牟男は、大学中退後、小説家になるという夢を持ってフリーターを続けている33歳の男。一歳年上の恋人・鈴木早智子とは、29歳のときに別れた。「ごめん、私やっぱりわがままな女かもしれない。もう待ってられないの」というセリフは確かに陳腐ではあるけれど、このキャラクターが精一杯偽悪的に振舞おうとしているという心情を思うと、やはり泣けてくる。別れたくはなかったのだ。主人公が、なりふりかまわず彼女を引き止めて、小説家になる夢をあきらめたら……おそらくそれしか彼女には主人公を救う手立ては思いつかなかったに違いない。彼女だけは、「この人には才能はない」ということをはっきり認識し、そしてそのことを本人に気づかせたい、と本気で思っていたのだ。
しかし、愚かな地矢は、「俺には小説しかないんだ」と言って、それまで居候していた早智子の家を出てしまう。
そこからの地矢の転落ぶりは、哀れだ。日雇いのバイトでなんとか生活するのだけれど、持ち前のプライドの高さが自らの首を絞める。例えば、業務用の冷蔵庫を階上に何機も運び上げなくてはならない現場で、彼は「これ以上疲労すると夜の執筆に影響があるから、早退させてくれ」と言って、現場責任者と大喧嘩をする。
そんな主人公を「バカだ」とあざけるのは簡単かも知れない。しかし、俺はこう問いたい。さんざん若者に「夢は大事だ」「自分らしく生きろ」と言ってきたのは誰だ!と。つまり、そういう甘い言葉に騙されて、若者の多くは、不安的な雇用形態であるフリーターになることを自ら選んでしまった。それはつまり企業にとって、使い捨てできる安価な労働力が大量に作られた、ということだ。
地矢は、マンガ喫茶に寝泊りするようになる。そこには雨露をしのげる屋根がある。寝るためのソファもある。そしてなにより執筆のためのパソコンがある。
プリントアウトの金を節約するために、地矢は自分の文章をネット上で発表することにする。そこでえらばれたのが、はてなダイアリーだった……。地矢のブログは、そこそこのアクセスを稼いだ。「そこそこ」というのが、地矢らしさをかもしだしている。そして、そのことに気をよくしてしまうところに、地矢の駄目さ加減が如実に現れている。彼は、「被アンテナ数=愛読者」と考えて、「100万人に読まれれば、それは100万部売れたことと同じだ」と妄想し……。
マンガ喫茶の店員が、もう五日間も延長料金を払わない地矢に文句を言いに行く。そこで悲劇が起こる。バイトにも行かず、「連載」(と地矢は自分のブログの更新のことを称している)を続けていた地矢の所持金はわずか320円だった。店員が警察を呼ぼうとすると、地矢はその場から脱兎の如く逃げ出す。しかし、ほぼ一週間、フリードリンクだけでしのいでいた地矢に、追手を振り切るだけの力は残っていなかった。
追ってきた店員が(多少の悪意もこめて)投げた芋が、地矢の後頭部に当たり、それが致命傷になる。


ところで、本書のタイトルが、とあるミステリー作品と酷似していることについては、一部で作者と出版社のモラルが問われているが、本書の出版元(書肆芋)の社長は「そんなこと言ったら、『世界の中心でなんとか』なんていうタイトルつけてる出版社と作家は首くくるべきだろう! 儲けやがって、気に食わねえよなー!」と吼えている。

果てしなき渇き
果てしなき渇き
posted with amazlet on 07.07.31
深町 秋生
宝島社 (2007/06)
売り上げランキング: 38954