『競輪上人行状記』@シネマアートン下北沢

どんな死に方をしたいか、という話を昔友人としたことがあった。そのときに俺が語ったのは、次のようなシチュエーション。
飢えて気が荒くなっているライオンが俺の背後にいる。
俺の前方100メートルには、そこまで辿り着けば助かるゴールがある。
さて、俺とライオンとの距離が問題だ。
その距離Xは、俺が人類最速のスピードで100メートルを走れれば助かる、という設定になっている。
つまり、(100メートル+X)の距離をライオンは9秒台後半で走破する、ということ。
ぎりぎり。
というか、確実に俺は死ぬだろうな。
それでもやる。やらなければならない。自分の持っている体力すべてをそこに投入して、その自分でできる努力以外のことはすべて天に任せるだろう(もしかしたらライオンが転ぶ、という可能性にだって賭けるかもしれない)。
想像しただけで、膝が笑ってしまう。


俺は私生活で一切賭け事をしないんだけど、自分にとってギャンブルの究極の快楽は上記に書いたような崩壊感覚にあるのではないか、と想像している。
儲けることが目的ではない。
生き延びることだけが目的。
いったん賽の目が振られたあとには、自分の生存の条件が自分の手を離れてしまう感覚。
その崩壊感覚……俺にとっては、膝から下がとろけてしまうような感覚なんだけど、それは恐怖と同時に甘美な味わいをも伴っている。


そんな甘美さを味わいながら死んでみたい。


先日、西友で買い物をしてたら(その日の夕食は鱈チリ鍋だった)、近所に住む友人のid:anutpannaさんにばったり会った(ところで俺はid:throwSさんとばったり飲み会=オフ会で会うことがたまにあるのだけれど、ネット上でのコワモテな印象とは裏腹にとても紳士な印象がある。でも、俺と会った直後にそそくさと千葉に帰ってしまうのは、やはりネット上でのコワモテな印象と裏腹でもなんでもなくて、トテモ腹黒い考えの持ち主なのではないか、という疑念も持ってしまう。二次会以降に西荻に来てくれればいいのに! 俺はどんなにネットで罵りあった間柄の人でも、西荻の飲み屋で思い切り歓待するよ! でもあの人は俺のような器の大きな人間にネタミソネミのような感情を抱いているから西荻まで来ないんじゃないだろうか? そんな疑心暗鬼に陥る俺を飲み屋で慰めてくれるのは親友のid:samurai_kung_fuさんなんだけどね)。
で、anutpannaさんはそのとき非常に興奮したようすで、俺は一瞬「なにかクスリでもやってるんじゃないだろうか……」と思ったんだけど、それは当たらずとも遠からずな想像だったんだ。そう、anutpannaさんにとってのクスリ、それは映画だ。この人は映画中毒者だ。またきっと極上のブツ=傑作に出会ってしまったんだろう。
anutpannaさんはその日、下北沢のシネマアートンという映画館で『競輪上人行状記』という映画を観てきたところだった。
俺に向かって、なにかイッチャッタ目つきで「金曜日までだよ」と囁きかける。
ヤバイ。これはヤバイ。俺は直感したね。こいつは見逃せない。
だから俺は自分がハイチのゾンビにさせられたような気持ちになって、帰り道ずっと「下北、下北」と呟いてたね。


まあそんなわけで金曜日に『競輪上人行状記』を観て、「ああ、やっぱり……これは極上のブツだったよ」と思ったんだけど、俺の場合この映画の感触は上に記した崩壊感覚に極めて近くて、映画館から出たときには、ギリギリで日常に生還できた!という安堵感を抱いたのだった。