『ドーン・オブ・ザ・デッド』

新宿オデオン座で鑑賞。思えば中学生のときここで『バタリアン』を観た。速いゾンビはここに限るね。
冒頭で「おお!」と身を乗り出したのは、主演のサラ・ポーリーが旦那ゾンビに襲われる場面。ついさっきまで隣で寝ていた旦那にいきなり襲いかかられて、慌ててバスルームに飛び込む。勢いあまってバスタブに転げ込む。その呼吸に、「あ、これアクション映画だ」と腑に落ちる。その直後の、空撮で捉えられたカークラッシュとかね。
もしも『ゾンビ』が「哲学的」であるとすれば、それはゾンビの動きが緩慢だから。「愛する人と同じ姿をしている目の前の化け物を、私は殺してしまえるのだろうか」という逡巡が生じてしまい、なにやら重苦しい。
ドーン・オブ・ザ・デッド』が素晴らしいのは、そんな迷いなど微塵も感じさせないところ。そりゃ、妊婦の嫁さんが感染してしまったことがわかる旦那のエピソードもあるけど、でも基本的には迷わない。迷ってる暇なんかないぐらいゾンビが素早い。ダッシュで走ってくるからね。鬼ごっこの興奮を映画館で味わえる。おお、なんて単純なエモーション! 死は、考察の対象ではない。知るか知らないか、ではない。死にたくなければとにかく逃げろ! ほら、きたーーーー! 反射神経で生き延びろ! ひゃっほう!
キャラクターの造形に不満がないわけでもない。もっと自己中心的で人を平気で見殺しにする奴や、厭世的な性格で自暴自棄になってゾンビを招き入れてしまう奴とか、ゾンビにかまれた奴を生きたまま生体実験しようとするマッドなサイエンティストとか、そんな連中らとの醜い争いがあったらなぁ、などと妄想してしまった(欲張り)。ほら、『エイリアン2』みたいな。
あ、でも製作者たちは絶対意識してるよな、『エイリアン2』。あと『マッドマックス2』とか。『トレマーズ』もかな(これも新宿オデオン座だったような気が……)。
まあ、80年代に映画館とビデオ屋で思春期の自分を形成した俺としては、文句なしの傑作でした。