『ツールボックス・マーダー』

エリザベス・ショートがかつて住んだことのあるマンションが舞台。このマンションでは、不可解な失踪をとげる住人があとをたたない……。
例えば、『ブラックダリア』では、不可解な事件に合理的な解釈を施すが、この映画はそういう解釈を好まない。「リアル」なシリアル・キラーよりも、「食屍鬼」の存在を信じる。だってそのほうが面白いから。本当か嘘かで言ったらたぶん嘘だけど、エド・ゲインは悪魔を召喚するために死者の皮をかぶって月夜に墓場で踊り狂ったのだ、と聞かされたら、ワクワクするでしょ。
ツールボックス』の謎の怪物は、棺桶から生まれたのだという。母親の死後、それでも生きていた胎児は、棺桶の中から這いずり出てきた。死の申し子!
そして、その怪物は、マンション自体が巨大な棺桶となるように、悪魔を呼び寄せる紋章をあちこちに仕掛けていた!


映画としての見所は、主人公がマンションの奇怪な構造に気づいたあと。主人公が、屋上でふと見かける、無人のロッキングチェア。これが素晴らしい。誰の視線も届かないような場所で、いつもと変わらぬ日常が過ぎているだろう街を背景にして、かすかに揺れている。
ついさっきまで、そこに忌まわしい怪物が座っていたのだ……。
そして、主人公が迷い込む迷宮で目にするおぞましい光景の数々……。
おお、この雰囲気はラヴクラフトではないか。思わず本棚から文庫を手にとって、『ピックマンのモデル』を読み返してしまった。そうそう、この雰囲気。確かになにかがここにいた、という気配。ドアの向こうに、この世ならざる存在がうごめいている感じ。
そこにいるのは、プロファイルされるような異常者などではない。「食屍鬼」と呼ぶべき存在だ。