俺の脳内で変換された『メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー』

ある日、映画監督スコット・マクフェイデンのもとに、友人の人類学者サム・ダンがやってきた。
サム「なあ、ちょっとこれ見てくれないか?」
スコット「(怪訝な表情で)なんだよ、これ……?」
サム「メタルのバンドの関係をさ、チャートにしてみたんだよ。これ作るのに、3ヶ月もかかっちゃったぜ」
スコット「へぇ……(無関心そうに)」
サム「(スコットのリアクションに気づかずに)メタルっていうのは、こんだけ奥が深いっつうの? こうやって歴史を俯瞰してみるとさ、いわばロックの歴史そのものじゃないかと思うんだ。そもそもブルースから始まって……(と、一方的な解説が30分ほど続く)」
スコットの内的独白「なんなんだこいつは? まるで昔ニホンで読んだ『サル漫』の主人公のような熱病にかかっているな。そうか、メタルファンっていうのは、こういうやつばっかりなんだろうな。自分の頭で考えたことが世界そのものだと思ってやがる。そういや、田舎を出るとき、こいつのおふくろさんに、『うちのサムをよろしくね』とか言われたな。アメリカの片隅で世界を知ってると思い込んでいるこいつに、ちょっと世界の広さを見せてやろうかな……」
サム「(口角泡を飛ばしながら、さっきの続き)……つまりな、世界を制覇するんだよ! メタル十字軍が世界を救うんだよ! おい、聞いてるのか?」
スコット「ああ。お前の説は最高さ。ところで、その説を世界に知らしめる最高の方法を思いついたんだ」
サム「なんだよ?」
スコット「映画にするんだ。ドキュメンタリー映画だよ」
サム「お、おい!(と身を乗り出して)そ、それ、超Cooooooolなアイディアじゃねえか! やろうぜ!」


そんなやりとりの結果、二人はさまざまなメタルの大御所に会いに行く。
メタルの大御所に会うたびに、サムは興奮して声を裏返し、傍目にも舞い上がっているのがよくわかった。
スコットはフィルムを回しながら思った。
「なかなか得がたい被写体を俺は発見したようだな……」
たとえば、とあるインタビューのとき。メタルとマッチョについてインタビューイーが語った後、サムに向かって、「あなたはちょっとひ弱ね」と言ったときのサムのちょっと困ったようなリアクション。
おいしい! なんておいしいんだ!
あるいは、「悪魔主義はあくまでもポーズだよね? あなたの音楽を支えているのはなに?」という弱気な質問に対して、インタビューイーが一言「サタン」と答え、それっきり沈黙したときのサムのリアクション!


スコットは俺(西荻区長)の電話インタビューに対してこう言った。
スコット「あのときは笑いをこらえるのに必死だったよ。あいつ(サム)の目が泳ぎっぱなしだったのを捉えられなかったのは、俺の最大の失敗だよhahahaha!」
スコットは続けてこうも言った。
スコット「サムはさ、人類学者であることよりも、メタルのファンであることを選んだんだと思うよ。だってさ、俺はあるとき、サムにこう意見したことがあるんだ。『サム、ノルウェーにおけるキリスト教文化とバイキング文化との衝突っていうのは、人類学的に見て、面白い視点なんじゃないかな? メタルっていうポップカルチャーをとっかかりに、西洋史の新しい捕らえ方ができるんじゃないか?』。だけど、サムはかたくなに首を振っていたよ。『もうあんな怖い連中と関わりあいになるのはいやなんだ。もうノルウェーはいい。アメリカに帰ろう。まったくあいつらの悪魔崇拝のことなんて、知らなければよかったよ』」
俺「そうですか、残念ですね。そういえば、メタルファンの男の子が『ラップにはのめりこむことができなかったけれど、メタルにははまった』というところは非常に興味深かったのですが?」
スコット「そうだろ! あそこはさ、アメリカのポップカルチャーにおける人種問題っていうテーマに広げることができたと思うんだ。だけど……サムは自分の書いたチャート図を手放そうとしなかったんだ……やれやれ、だよ」


俺はドキュメンタリー作家としての自信を失いかけているスコットが憐れになって、最後にこう声をかけた。
俺「しかし、世界中の人が、サム・ダンというへたれを見て、『もっと頑張らないといかんな』と、ある意味、勇気づけられたと思いますよ」
スコット「ありがとう。ニホンの偉大なドキュメンタリスト、根本敬さんに近づけるように、これからもいい顔のやつを探していくよ」
俺「今日はありがとうございました」
スコット「TNX