『洞窟オジさん 荒野の43年』

しかし、すごいタイトルだな。
今年の1月くらいかな、新聞でも取り上げられていた実在の人物による(恐らく聞き書きの)自伝。
13歳で家出をして、愛犬とともに足尾鉱山の洞窟でサバイバルをしていたという驚愕のエリート・ホームレス。その後43年間、世の中の動きをまったく知らないままに放浪生活をし続けたという。一瞬、「日本のカスパーハウザーか?」と身を乗り出したが、そこまではさすがになかった。
43年間、現代日本にいながら、世の中のことを一切知らないままでいられるのか? それが可能であったことに、なにか新鮮な可能性を感じる。20世紀には未踏の地はなくなった、なんて言われるけど、無知という暗黒大陸には、放り込まれる可能性は0%じゃないんだ。
さて、この本の魅力はそういう事実にのみあるわけじゃない。著者の加村一馬氏はしきりに「おっかない」を連発する。女性との性体験を語る場面や酒をはじめて飲んだ場面などで、この人は「おっかない」と感じて逃げ出してしまう。この感性は誰かに似ているな……。ああ、深沢七郎だ。通常俺たちが自明だと感じている感性、例えば「セックスは本能だよね」という常識を、この人たちは平気で否定してみせる。主義・主張で否定するのではなく、きょとんとした表情で、「おっかねえな」と逃げ出してしまう。それが俺には恐ろしい。俺たちが知っている「人間」の外側に立っているという感じ。それも人間の可能性なんだ、という感じ。
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031362625