最近読んだ本

田中小実昌『ポロポロ』ポロポロ (河出文庫)
難解な本だった。「なにか大事なメッセージが書かれているに違いないが、晦渋な書き方なのでいまの俺にはわからない」という意味で難解なのではなく、真っ白なページを前にして「果たしてここにはなにが書かれていたのだろう?」と答えの出ない疑問を抱かされたような感じ。
語り手はしょっちゅう、いま語りつつあることについて「知らない」「おぼえてない」「そうではないかもしれない」などと言うから、もう途中からただぼんやりと声を聞いているみたいな気になってくる。ウトウトしながら、自分の向かいに座っている人が、なにやら声を発しているなぁ、ということだけが伝わる。そして、ふっと目覚めると、向かいにいたと思ってた人の姿はない。なんだか化かされたみたいな感じだ。


柳下毅一郎『興行師たちの映画史』興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史
生真面目な本だった。そして、これは『ハリウッド映画史講義』とともに、必読すべき本なのだなぁと思った。スタジオシステムの外側にうようよとうごめいていた映画たちが、やがてハリウッドをいかにして飲み込んでいったのか。単に「映画は興行だ」という「当たり前」のことを言っているのではなく、「興行の形態」についての生真面目な論考であった。




蓮実重彦『映画への不実なる誘い 国籍・演出・歴史』
ふざけた本だった。まあ、いつもふざけてる人なんだけど。でも、そのふざけかたが、若いときよりも毒が抜けてしまって、好々爺然としている。それが寂しいといえば寂しい。「階段」というテーマで映画を語るとしても、こんなにも教科書的でいいのかと肩透かしを食らう。読んでいて苛立ちを覚えるような挑発がない。


河合香織セックスボランティアセックスボランティア
腰が引けた本だった。「障害者にとってのセックス」というお題目だけ。そこに手をつけただけでも、勝ちといえば勝ちかもしれないが、それはライターの実績というだけだろう。読んでいて不安な気持ちにならない。安心して読んでいられる。「こんなことが書かれているだろうな」という予想は裏切られない。




海野和夫『昆虫の世界へようこそ』昆虫の世界へようこそ (ちくま新書)
写真が素敵な本なのに、写真集じゃない。本文には目新しいことは書いていない。それは別に期待していないからいい。不満なのは、本文と写真が対応するような編集をしていないこと。本文で「こんな不思議な昆虫が世の中にはいる」と触れた虫の写真が載っていないというのはどういうことなのか? でも、写真を見ていればそれでいいんだ。きっと担当編集者がサボっていたんだろう。




ゲッツ板谷『バカの瞬発力』『直感サバンナ』バカの瞬発力 (角川文庫)
天才の仕事。天才とは、技術ではなく、出来事の起こる場所になってしまうことなんだ。だから勘違いしてはいけない。この著者の人格にだけ注目すれば、「心優しいでぶっちょ」かも知れないが、実際につきあうとなれば、天才の引き起こす出来事のピースになる覚悟が必要だ。こうして本の形になっていることを感謝しよう。