なんなんだろう?

昨日は『ギャンブラー』。劇中、若い兄ちゃんが女を買いに来て、その後撃たれて死ぬ。この死にざまが、「無意味」であったのに動揺した。人の生き死になんて、そもそも意味はない。そうなんだけど、人はそう簡単に意味から逃れられない。
例えば、大概のスラッシャー映画では、犠牲者は「殺され方の見本」という意味に満ちている。人体はこんなふうにも破壊できますよ、という意味。大きな音だったり、殺されるタイミングだとかで、観客はびっくりさせられるけど、死そのものには動揺しない。だって、人がたくさん死ぬ映画だと期待してるんだから。
『ギャンブラー』のあのシーンで俺が動揺したのは……なんでだろう。凍りついた池のそばで、まだ少年という風貌の若者が、氷の上にある瓶(?だった気がする)を的にして銃を撃っている。が、的には当たらず、氷に穴があく。「氷を砕いて、瓶を浮かすんだよ」などと言い訳をして、更に銃を撃つ。鼻っ柱は強いけれど、実力のない若いガンマン……そんなイメージ。若者のそばにはインディアンらしき年長者が立っていて、黙ってそれを見ている。そこには、和やかな雰囲気が流れている。親密さ、というのか。
そんなところに、もう一人の若者が来る。ずいぶん長い間売春宿で過ごして、靴下が駄目になったから靴下を買いに来た、と言い、吊り橋を渡ろうとする。すると、銃を撃っていた少年が、若者の腰に銃があるのを見て、挑発する。ここにも、なにか親密な雰囲気が漂っている。死の予感はない。若いもの同士がじゃれあっているだけ、そんなふうに見えた。恐らく、靴下を買いに来た若者も、そういう空気を感じたから、挑発されて(「銃を見せてみろよ」)なにげなく「いいよ」と腰の銃に手を伸ばす。次の瞬間、銃の練習をしていた少年が発砲し、靴下を買いに来た若者は撃たれて、吊り橋の下の凍った池に落下する。氷が割れ、若者の死体が池に浮く。
その場に居合わせた者たちは皆、そんな結末になったことに、呆然とした表情を浮かべる。観客である俺も。
その後、その若者の死が、物語の流れを大きく変えることはない。ただ、そういうことが起こった、という感触だけが残る。感傷も、スペクタクルもない。ただ、「なんでそんなことするんだよ……」という不可解な思いだけ。恐らく、銃を撃った少年にも、答えはない。聞かれれば、「あいつが銃に手をかけたから、撃たれる前に撃ったんだ」と言うかもしれないけれど、それは本当の理由ではない。相手が絶対に撃つ気なんてなかったのは、誰もが知っている(感情というのは、客観的にその存在を示すことはできないけれど、伝わるもんだ。おそらく、身体の構えだとか表情だとかを介して)。
親密な空気……感情的な、人間的な意味に満ちていた空気が、一発の銃弾と若者の死によって、容赦なく断ち切られた。そこには、なんの因果もないし、その死を解釈できる準備(あらかじめの殺意だったり、観客の期待)がなにもないから、ただ呆然とするしかない。
もしかしたら大抵の暴力犯罪は、こうやって起きるんじゃないのか? 恨みも、激情も、闇もない。意味もなく殺し、意味もなく死ぬ。そのとき、不意に意味という幻に包まれていた人間が、裸になってしまう。すっげえ大袈裟に言ったら、宇宙の無意味さに放り投げられる。……なんて不気味なんだろう。
単に人が死ぬ場面を作れば、人の生き死にが無意味に見える、ということはない。手練手管が必要なんだ。そんなことを実感したな。


そんなことを思いながらスクリーンを注視している俺の横では、今日も昨日と同じおっさんが鼾をかいている。俺は前から三列か四列目の中央に座るのが常なんだけど、どうやらこのおっさんも俺と同じルールを採用しているらしい。そのことはいいよ。で、そんなわけで、土曜日から俺はずっとこのおっさんの横でアルトマンを見ている。そして、このおっさんは、どういうわけか、よく寝るんだ。寝るなら寝るでいい。でも、睡魔と闘うんだよ、頭をがんがん椅子の背もたれに打ちつけて。わかる、わかるよ、おっさん。でもさ、眠いんだったら、素直に寝ればいいじゃないか。鼾をかいても、俺は迷惑には思わない。でも、睡魔と闘うその様子は、すごい気になるんだよ。
しかも気になるのは、このおっさん、よくアテネフランセでも見かける人なんだよ。つまり……シネフィルってやつ? あああああ……暗澹たる気持ちになる。
俺の想像だけど、あくまで想像だけど、このおっさん、義務意識でアルトマン特集(に限らず)に通ってるんじゃないのか? まるで、収集癖のあるマニアが、とりたててそのもの自体に興味がなくても、コレクションをコンプリートするために、あるものを手に入れようとするように。そして、コレクターというのは、そういうときに、人の迷惑を顧みない。
今回のアルトマンの特集、番組によっては前売りで全席がソールドアウトしていたりする。もしも、上記のおっさんのような糞みたいな理由(いや、これは飽くまで俺の想像だが)でチケットを購入して、本当にアルトマンのあれやこれやの作品をスクリーンで観たいと熱望している人たちを映画館から締め出してしまっているのがシネフィルと呼ばれるのであれば、そんな連中は地獄の業火で焼かれて、永遠に映画と無縁でいてくれ!


と、柄にもなく怒ってみたら、自分の大人げない行動を一つ思い出したよ。
中学生のとき(中学生だよ!)、初代ウルトラマンの怪獣消しゴムをコンプリートしたくなって、集めてたんだよ。で、どうしても手に入らないのがあったんだけど(なんだっけ……ペスターだったかな……)、近所の小学生が持っているのを発見して、「それ持ってると呪われるから、みんな手放すんだよ」と吹き込んだんだよねぇ、ワス。ワスも黒いよなー。なー! で、無事にコンプリートしたんだけど、すぐに飽きちゃってさー。
そのコレクションその後どうしたかっていうと、千葉に住んでいる知人の子どもにあげたんだよ(実話)。西荻の子どもが呪われなくってよかったよ。


あ、あと、アルトマン特集について大事なお知らせ。
ソールドアウトになったチケットも、キャンセルが出たりしているらしくて(係の人に聞いたよ)、本当に観たい人は諦めずにユーロスペースに行ってみて。