キョンシーマジックについて(8)〜番外〜

「思いつきで書いてるだけだよな」
深町さんに怒られた。
ここを読んでいる人(どれだけいるのかわからないけど)には、関係ない話かも知れないけど、俺はリアルで深町先生(id:FUKAMACHI)と飲みに行ったりする仲なんだよね。
で、昨日、深町さんから電話がかかってきて、新宿のゴールデン街で待ち合わせをしたんだよ。
で、さあ。正直に言うと怒られたんだよね。
「区長さ、書くことないからって、適当に知り合いをキャラクター化して、内輪受けのお話しを作るっていうのはさ……言っていい?」
「うん」
「恥知らずだよ、あんた」
「……」
「なにあれ? いま流行りのラノベ?っていうの? いくらブログで書いてるからって、志が低いよね」
「まあ……暇つぶしっていうか」
「それはさ、あんたの暇つぶしだろ? 読者にとって暇つぶしになってる? ただの時間の無駄でしょ?」
「……」
「人を楽しませる仕事をさ、なめてない?」
「そんなことないよ」
「いや、なめてるね。例えばさ、小説っていうのはさ、余暇の時間をいかに充実させるかっていうところに、意味があるわけじゃない?」
「まあね」
「あんたがしてる映画の仕事だって、そうでしょ? 作品の出来がどうこう言う前に、いかに人の時間を豊かにするかってことじゃない」
「うん」
「広い意味で言ったら、ブログもそうじゃないの? つーか、俺のいま言ったこととか、ブログに書くなよ」
「うん」
すみません。書いてます。
久々に会った深町さんは、なんだか苛々しているみたいだった。もしかしたら……最近別れた女のことで苛立ってるんだろうか。何度か会ったことのある深町さんの彼女は、身長が180センチくらいあるモデルのような人で、いつも深町さんがデザインしたアクセサリーをしていた。ここ何回かの飲みでは姿を見ないなと思っていたけど、風の噂で「別れた」という話を耳にしている。深町さんが銀座の路上で、「この売女!」と罵っているのを見た、という友人の話を聞いたけど本当だろうか。深町さんが本当の意味で紳士であることを知っている俺には信じられない話だ。
「まあ、正直に言うけどさ、区長」
「うん」
「仕事に集中しろよ。あんた、いまだに『代表作』を撮ってないだろ」
「……うん」
「いや、いいよ。あんたが小説を書きたいんだったら。でも、そんときは俺はあんたを『後輩』として徹底的に鍛えるつもりだよ? 『キョンシーマジック』? まずそのタイトルで失格だね」
と、深町さんはモヒートをがぶ飲みしながら、俺を説教した。
嬉しかった。
深町さんが俺のことをそこまで心配してくれてるんだ、と。
みんなは驚くかも知れないけど、深町さんは、俺の『キョンシーマジック』のプリントアウトを鞄に入れていて、丁寧に赤を入れたそれを俺に示した。そして、描写の一つ一つ、会話の端々に駄目だしをしてくれるのだった。
始めはゴールデン街で飲んでいた。
いつしか、新宿4丁目の文壇バーに河岸を変えていた。
その頃には、深町さんはべろべろになって、俺のことなんてほったらかしにして、ホステス相手に、山形のシャッター商店街のことを熱く語っていた。
俺は初めて入った店だったので、なんとなく居心地が悪く、ずっと黒霧島の水割りをちびちびと飲んでいた。
「お客さん、深町先生の友達ってことは、小説とか書いてるの?」
正直に言おう。俺はそう声をかけてくれたホステスの顔を見たとき、パッと思ったのは、「この子、あか抜けてないな」ということだった。
でも俺はそんなことは口にせず、「いえ、僕はただの作家志望ですよ」と答えた。
すると、そのホステスは、「じゃあ、私の話、ネタにしてくださいよ」と、媚びを売るように俺の左腕に抱きついてきた。
悪い気はしなかった。
「君、名前なんていうの?」
俺が尋ねると、それまで別のホステスに抱きついて「今夜俺のホテルに来いよ」としつこく口説いていた深町さんが、にやにやと「区長もやるねえ」と声をかけてきた。
「宮子です」
俺の耳元で、その子が囁く。
一気に酔いが醒めてしまった。
「君……千葉島の出身?」
なんの根拠もなく、俺は尋ねた。
「え……違います……でも、一年間だけ、千葉島にいたことはあります」
宮子が答える。
「そのときのこと……小説になるだろうなと思って、誰かに言おうと思って……それでいま言おうと思ったのに」
俺は、宮子の話を遮った。
「本当は、こんなところでホステスなんかやってる女じゃないよ、君は」
宮子は笑った。
「男の人って、すぐそんなこと言う」
「いや、俺は」
「聞き上手の人のほうが、もてるんですよ」
「……」
「聞いて欲しいの、千葉島で私が見聞きしたこと」
「……なんで俺に?」
「なんでだろう……お客さんの顔見たら、なんだかいろんなこと思い出しちゃって……」
宮子はそう言って、考え込むようにうつむく。
「会話ばっかりで描写が足りないんだよ!」
深町さんがまた急に俺にからむ。
「お前のブログの駄目なところはそれだ!」
「いいじゃない、人のことなんて。ねえ、ボトル入れていい?」
八重子という名前のホステスが深町さんにねだる。
俺はなにか因縁を感じながら、しかし八重子には声をかけない。
「『キョンシーマジック』」
「え」
俺は宮子の言ったことを聞き返す。
「私が見た悪夢を、誰かに小説にして欲しいの」
俺は自分がまるで自分の書こうとしている小説の登場人物になったような思いで、宮子の語る悪夢を一言漏らさず記憶にとどめようと思うのだった。
(つづく)